夜のパーティに向けて 彼女はいつになく周到な
準備を計画した。
パーティの開始は19時。
18時半頃 彼が運転手付きの車で迎えに来てくれることになっていた。
18時までに 怠りなく“美”を完成しておかなくてはならない。
18時から逆算して 彼女はその日の計画を立てた。
睡眠こそ最高の美容薬だから その日は9時半まで
たっぷり朝寝坊するつもり。
そして 11時から 3時間のボディとフェイシャルエステ。
14時半には 行きつけの美容室に駆け込み
盛り髪風アップを作ってもらう。
16時には家に戻って 入念なメークの時間にあてる。
メークというより ローションパックとかリンパマッサージとか
メークの下準備に時間が必要なのだ。
すでに 美しく作り上げられた髪をこわさないように気をつけながら
一分の隙もないように 顔を完成させていく。
勿論 5分メークも10分メークも可能だけど
ここ一番という日には充分過ぎるほどの時間が必要なのだ。
素肌美をいかしたベースつくりには 驚くほど時間がかかる。
特に手を抜けないのがマスカラ。
カールしたまつげの1本1本に丁寧にマスカラをのせていく。
美と恋愛に対しての握力の強いオンナは何故か彼女のように
まつげとマスカラにこだわる。
以前 まつげエクステを試したこともあるけれど オトコたちには
えらく不評だった。
「まぶたの上のその羽みたいな仰仰しいもの いい加減に
辞めたら.....。」
ある日 彼からそう言われて彼女はドキリとした。
女友達は揃って、「そのまつげどこでつけたの? めちゃくちゃ可愛い!」と
褒めてくれたからいい気になっていたのだけれど。
で、焦ってエクステ
をはずしに行った。
地まつげを伸ばそうと まつげ美容液を使っていたら
ひどい角膜炎をおこし びっくりしてやめた。
そんなわけで 今 彼女がこっそり愛用しているのは“トラバタンス”という
緑内障治療の目薬。
副作用としてまつげが濃くなるのだと 眼科医の元カレが教えてくれて
分けてもらっている。
ひとには勧められないけど 確かにまつげ効果はすごい。
パーティの準備に関することからすっかり話がそれてしまった。
ところで パーティフリークの彼女はこう思う。
パーティにおけるオンナの格は 着ていくドレスのクオリティや
身につけるダイアモンドのカラット数だけではあがらない。
ひとえに エスコートしてくれるオトコのプレステージによって決まるのだ。
それも 単に有名だとか 金持ちというだけではダメ。
男性からも女性からもアドマイヤーされて
なおかつフェロモンとオーラに溢れた魅力的なオトコでなければならない。
そういう意味で 彼は申し分のないオトコだった。
実際 どんなパーティにいってもビジネススーツ姿の男たちが
群がってきて名刺交換に忙しいし、
オンナたちはといえば 恥じらいを捨てて 彼にペンを手渡し ここに
あなたのメアドとよかったらケータイ番号も書いてとせがむ。
自らのケータイ番号を記したカードをオンナたちから手渡されることも
しばしばだった。
だから彼女はパーティで彼にエスコートされる身でありながら
天敵たちに常に防御の鋭い視線を送らなければならない身でも
あった。
ちょっとした隙に他のオンナと話し込む彼をみつけると
彼女はさりげなく彼の腕に手を回し
「そろそろ 行きましょ。」と軽く けれどもはっきりと促す。
するとオンナは皆 逃げるように退散していくのだ。
彼女は 小気味よかった。
「アタシっていう防虫スプレーがいないと タイヘンなことになっちゃうわ。」
彼に愛されているという余裕があったから そんな冗談も軽く
口をついて出てくるのだ。
さて その日の彼女は自分でもうっとりするほど美しかった。
パーティに招待された並み居る美人たちをしのげる自信があった。
コンディションを整え 時間と手間をかけて装った甲斐があったというものだ。
最強のオトコにエスコートされて 背中をみせたドレスの背を
一段と反り返らせ 彼女は彼に寄り添った。
初対面の人と意気投合して お喋りに夢中になり気がつくと 彼と離れ離れになっていた。
目でその姿をさがすと、案の定 彼はオンナと談笑していた。
「危ない!」
彼女は思わず心の中で叫んだ。
そのオンナの美貌とフェロモンが半端ではなかったからだ。
グラマラスな胸の谷間をしっかりとみせるフューシャピンクのドレスは
周囲を完全に
圧倒していた。
そのデコルテは磨き上げられ 手や脚のフォルムは欧米のモデル並みだった。
陶磁器のような白く澄んだ肌が 整った目鼻の造形を一層際立たせていた。
多分 カラーコンタクト
を入れているのだろう。
エメラルドブルーの瞳は 女性からみても吸い込まれそうに
神秘的で魅惑的だった。
髪の毛、爪、まつげと末端の末端まで一分のすきもなく装われていて
さすがの彼女も歯が立たない気がした。
さらに 彼女が近くに来たことを悟ると 彼とそのオンナが
二人してさっと翻るように離れたのだ。
そして 彼女は目撃した。
別れ際 二人はメモのようなものを 交換し合っていたのだ。
頭に上った血液が 今度は一挙にひいていくような気がして
彼女はその場に倒れ込みそうになった。
珍しく 彼のほうから彼女の肩に手を回してきて
「そろそろ行こうか?
どこかで飲みながら 軽く食事をして帰ろう。」
耳元で囁いた。
それから数時間後 二人は深夜の公園にいた。
パーティードレスのことなどかまっている余裕はなく 彼女は古ぼけたベンチに
腰を下ろしていた。
人目のあるところではずっと押さえていたものが 一挙にそこで噴きだした。
そう 怒りと涙とが .....。
彼の部屋で愛し合おうという誘いを彼女が拒んだため
二人は 彼のマンション近くの公園に立ち寄ったのだった。
「もうイヤ! もう ついていけない .....。」
「なにがあっても ぼくについて来るっていってたのは嘘だったの?」
「今度ばかりは 信じられない。
私をエスコートしながら ちょっと目を離したすきにあんなことになるなんて。」
「あんなことって 何?」
「とぼけないで。ふたりで何を交換しあったの?
私がみてないところで あのオンナと寝る約束したんでしょ?
嫉妬深い女は苦手って言ってたけれど 私はアナタの最も
苦手とする女だわ。
私 帰る!」
彼女は小走りに立ち去ろうとした。
「待て、待ちなさい。」
彼女は 足を止める。
「ねえ、このまま行ちゃったらどうなるの?」
「もし 電話がかかっても着信拒否にしてもう出ない。」
「絶対出ないの?」
「ええ。絶対。」
「じゃあ、もう逢えないということ?」
「 .....。」
「こんなことで別れちゃっても君はいいの?
ぼくたち そんな軽い関係だったの?
それに何よりも 君は大きな誤解をしている。
確かに彼女からは このあと二人っきりになりたいって
携帯電話のナンバーとメールアドレスを渡された。
でも ぼくが君に渡せるのは残念ながらこれだけだ、
愛する女と一緒だから、 そういって 手渡したのは
オフィシャルなぼくの名刺だけだよ。
でも そんな風に早とちりをする君が心から可愛い .....。
ねえ ここにおいで。ぼくのそばに戻っておいで。」
懸命に何か言おうとする彼女の唇を 彼の唇がふさいだ。




